「おかわり」   八木メッシ・著

友人の佐藤の家でダベっていた時、俺はふと佐藤に訊いた。
「ところで、お前とこのあの犬」と言って、部屋の隅でプラ容器をカタカタいわせながらエサを食べている白い犬を指差した。
「なにかおもしろい芸ができるのか」

寝転んだままの佐藤が片耳をほじりながら、「ああ、おかわりができる」と投げやりに答えた。

「なんだ。そんなの、うちのチロでもするぞ」と俺は不満気にいった。
チロは我が家の雑種の白犬だ。佐藤の犬と似ている。「おて」、「おかわり」と俺が命令すると、「おすわり」の姿勢で首をおもいきり丸めて、嬉しそうに尻尾を振りながら、右前足、左前足を交互に俺の手のひらに差し出すのだ。

寝ていた佐藤がのそりと起き上がり、あぐらをかきながら本を手にとって言った。
「まあ、見てろ。もうすぐやるよ」とアゴで部屋の隅の犬を指し示した。

エサを食べ終わり、空になったプラ容器の底を舐めていたのだが、舐めるものもなくなったのか、犬は数秒じっと座ったままの姿勢を続けた。
すると肩越しにこちらをチラっと頭を振り向けた。佐藤の方を見ている。佐藤はエロ本をパラパラめくっていて知らん顔だ。
犬は頭を元に戻し、また数秒じっと座ったままの姿勢を続けた。
そしてプラ容器を口にくわえると、ゆっくりと佐藤の座っている手前数十cmのところまで来て「おすわり」をした。そして、くわえていたプラ容器を自身の前足のところに降ろした。おそるおそるというより、俺には遠慮がちで申し訳なさそうに見えた。

もう一度佐藤の顔を上目づかいに見て、犬は、空のプラ容器をそうっと佐藤の方へ前足で押し出した。