映画「ビューティフル・マインド」は日本公開2002年。監督はロン・ハワード。この作品でアカデミー賞の監督賞と作品賞を受賞した。「アポロ13」や「ダ・ヴィンチ・コード」など硬派の作品作りに定評があるようだ。主演はラッセル・クロウ。彼もこの作品でゴールデン・グローブ賞の主演男優賞を受賞している。
映画の内容は、ノーベル経済学賞を受賞した天才数学者ジョン・ナッシュ博士の統合失調症との闘病生活の半生を描いた、サスペンス仕立ての見ごたえのあるものになっている。
●数学者物語は、数奇な人生、驚異の逸話、数多の天才の宝庫だ。
数学は苦手だが数学者の伝記は非常に面白い。この映画を観るまではナッシュ博士のことは知らなかった。冷戦時代にゲーム理論を知り、こんなことまで数学でできるのかと感心したことを覚えているが、ナッシュ博士の功績であることも知らなかった。2002年設立の優れた数学者に授与されるアーベル賞やこの賞を去年(2015年5月)ナッシュ博士が受賞したこと、そして残念なことにアーベル賞受賞後の4日後、岐路の途中で交通事故に遭い同乗していた夫人とともに亡くなられたことも最近まで知らなかった。受賞後であったことがせめてもの救いかも知れない。ご冥福をお祈りします。
数学のノーベル賞はフィールズ賞(1936年設立。4年に一度、40歳以下の若手数学者が受賞対象)だと長年思い込んでいた。アーベル賞は賞金1億円、年1回贈賞で年齢制限なしという条件はノーベル賞と条件は似ている。そういう意味では「数学のノーベル賞」というべきか。数学はあらゆる科学(自然、人文、社会、応用など)の土台をなすもの。神が作った自然設計図かも知れない。その土台を発展深化させた天才数学者を称える賞はもっとあってもいいと思う。
伝記で思い出すのは、ノルウェーのアーベルとフランスのガロア。2人は若くして亡くなった天才数学者だ。二人の業績の1つ、群論は今日の量子力学の基礎をなすものだ。またガロアは情熱的な政治活動家として、さらに性悪な女性に絡んだ決闘で20歳で夭折したことで有名である。
(「ガロアの生涯 神々の愛でし人」L.インフェルト著、市井三郎訳。第1版は1950年、本著は1969年の第2版)。
昔、学生の頃に第1版を読んで衝撃を受けた本だ。馬鹿げた理由で明日決闘で死ぬことを覚悟したガロアの絶望的な遺書が綴られている。「私には時間がない」、「なぜこのようなつまらないことで私は死ななければならないのか」、「私を殺害する者たちに寛恕あれ(大いなる許しを)」など、ガロアの悲痛な無念さが伝わってくる文章である。本著の原作者レオポルト・インフェルト(1898生)博士はポーランドの物理学者。ユダヤ人迫害を受けて後にアメリカに渡り、プリンストン高等研究所で10年にわたりアインシュタインと統一場理論について共同研究を行った。迫害を受けた数学者の視点で描いた悲劇的な数学者の伝記の上梓、ガロアの愛国的な政治姿勢が影響したのか母国ポーランドに戻り鉄のカーテンに抵抗した晩年(1968没)の行動は興味深い。インフェルト博士は、核兵器廃絶を訴えた有名なラッセル=アインシュタイン宣言の署名者の一人でもある。その足跡から気骨のあった数学者であることが窺える。
ガウス幼少時の天才ぶり、ニュートンとライプニッツの論争、数論や幾何学などの数学分野を統一しようとするラングランズ・プログラムを提唱したラングランズ、谷山予想(=志村・谷山ヴェイユ予想)で有名な谷山豊と婚約者との悲恋、100万ドルの懸賞金のついた難問の1つ、ポアンカレ予想を解決したのに賞金を辞退したロシアの数学者ペレルマンなど、
(「完全なる証明 100万ドルを拒否した天才数学者」マーシャ・ガッセン著、青木薫訳)
腕の良いハリウッドの映画監督がうまく料理してくれたら素晴らしい映画が沢山できるのだがと密かに期待しているのだが。
コンピュータの基礎概念を作った1人である天才数学者チューリングがドイツ軍が誇る最強の暗号機エニグマとの解読戦とチューリングの悲劇を描いた、ベネディクト・カンバーバッチ主演の映画「イミテーション・ゲーム」、若き数学者が数学を駆使してFBIの兄の事件を捜査支援する異色の海外TVドラマ「ナンバーズ/天才数学者の事件ファイル」など、ハリウッドの映画化の実績は十分だろう。
日本映画では「好人好日」、「博士の愛した数式」があるが、ハリウッド・テイストとは別のテイスト。抽象的な数学を扱うのだから、十分に進化したCG技術や映像手法を駆使して日本らしい別角度の数学者物語を映画化してくれないかな。
●向精神薬の依存から解放される方法は、「間欠断薬」より「緩やかな減薬」がいい。
映画「ビューティフル・マインド」の中盤。ナッシュ博士が薬物療法を続けて1年が過ぎ幻覚を見ることもなくなった頃。その代償として、天才的な優れた精神活動は薬物によりブレーキがかけられ靄がかかったような状態となった。生活意欲も弱くなり夫婦生活もうまくいかなくなった。平穏な毎日だが果たして自分の才能を押し殺し夫婦生活をも犠牲にしてまで続ける意味があるのか。膨らむ疑問を押さえ込むことができなくなったナッシュ博士は妻のアリシア(ジェニファー・コネリー)が時間どおりに差し出す薬を服用しなくなった。アリシアに見つからない様に机の引き出しのブリキ箱へ薬を飲まず隠し入れ始めた。映画ではピンク色の錠剤10錠(5回分)がブリキ箱に溜まり始めた頃、再びあの幻想がナッシュ博士に訪れ始めるのだった。
向精神薬の服用を急に止めるのは危険だ。降圧剤のようなものと違い精神に作用する薬の服用の中止は十分慎重にすべきだ。
私はある知人の話を思い出した。
その知人は16年ほど前にある外科手術を受けた。手術後しばらくしてめまいと不眠に襲われた。担当医師から「デパス」を処方されめまいと不眠は改善した。退院後も知人は症状改善のため医師の説明に従いデパス服用を続けた。
知人の説明によると、不安や不安定な精神状態で「ゆらゆら」している時にデパスを服用するとガシンと万力で圧し止めたように「ゆれ」が止まり安定するそうだ。つまり良く効くのだ。だがしばらくするとまた「ゆれ」がはじまりデパスが必要となる。しかし服用間隔があるので守らないといけない。次の服用までその「ゆらゆら」を我慢しなければならない。こうして知人はデパスに依存するようになった。なんとか依存から抜け出すために1日2回服用を1回にしたり、1日置きの服用に変えたりなどの「間欠断薬」を試すがうまくいかない。「ゆれ」が逆にひどくなったそうだ。町の精神内科を変えたりしてもうまくいかない。そういう状態が4-5年続いた。
そこで知人はNETで調査して、自宅から3-4時間かかる精神科・心療内科専門の病院をみつけ、専門の病院で診てもらうことにした。その専門の病院の先生は町の精神内科の医師と違い、じっくりとこれまでの経緯や症状についての知人の説明に耳を傾け、いくつかのテスト(不安や不安定の原因を探るテスト)を受けた。その結果、薬を替えましょうということになった。依存していた薬を替えるのは非常に不安があったそうだが、替えた途端、まったく別のゆったりとした落ち着きのある症状に変わったそうだ。知人は捜し求めていたものにようやくたどり着いた安心感を覚えたという。月に一度通院するようになり症状は改善に向かっていった。そして1年ぐらいたって症状も良くなってきた。遠路通院するのはもう必要ないので自宅近くの医師・薬局で薬がもらえるよう処方箋を書きましょう、ということになった。その時点では知人は就寝前に「ロヒプノール」を服用するまでになっていた。
知人は自宅近くのかかりつけの内科医師に事情を説明し処方箋をみせロヒプノールをもらうようになった。ロヒプノールは依存性は強くないが急な服用中止は危険なので、知人は「緩やかな減薬」をすることにした。
それは、1mgを少し(1/5ほどを)ハサミでカットし4カ月ほど続ける。副作用や悪い症状が出るようだったらカットを止め元の服用に戻す。うまくいったので今度は1日1mgの1/4をカットし4カ月ほど続ける。更に4カ月後に1/2をカット、つまり0.5mgの服用にした。そうやって1日1/4mg(0.25mg)服用になったそうだ。
そしてその後は、1日置きに服用する「間欠断薬」に切替え、更に2日置き、3日置き・・と時間をかけて「離薬」を図った。いまでは今夜は1/4錠を服用したほうがいいかなと判断した時にだけ服用するようになったそうだ。
ここまで16年かかったのだ。近年では1回の処方で14日分、1mgを14錠をもらうが2-3年かけて消費するようになったという。完全な離薬状態ではないが別に気にしないそうだ。1回の処方14錠の消費が4-5年、更に6年・・・10年となればいいという。
知人は言う。「向精神薬は首より下の薬と違い、十分な注意と専門医の指示に従うことが必要だ」
●ジェニファー様のお顔に止まり散策後、無礼な振る舞いの謝罪もせずスクリーン上から逃げ去ったハエがいた。
ナッシュ博士の妻アリシア役にはハリウッドでも指折りのクラシック・ビューティ、ジェニファー・コネリーが名演し、彼女はこの映画でアカデミー賞、ゴールデン・グローブ賞その他の助演女優賞などを総なめにした。
30年ほど前に出演した映画「フェノミナ」を観たとき、なぜこんなゲロゲロ映画(悪い映画という意味ではない。映画は面白かった)にこれだけの美少女が出るのかとビックリしたことを覚えている。
そんな美貌、度胸、知性、名演技力などを兼ね備えたハリウッド・ミューズの1人が熱演中に不埒なハエが乱入し映像を汚したのだ。
事件現場は映画の中盤、ナッシュ博士が薬物療法など治療を受けてから1年後。ベビー・カーを押すアリシア(ジェニファー・コネリー)と友人のソル(アダム・ゴールドバーグ)がプリンストン大の庭を散策している時だ。ナッシュ博士の症状が落ち着き始めたことなど近況を知らせに立ち寄った様子。ソルがアリシアのことも心配して君は大丈夫なのかと聞いた。彼女は心配事や揺れ動く心情をソルに打ち明ける。そして心の拠り所を結婚当時の思い出に頼るようにしていると。「結婚当時の彼を思い出すの。すると彼はやがて、私が愛していた昔の彼になる」。最もロマンチックなセリフを語り熱演しているところへ、この無礼者のハエが乱入したのだ!
①ジェニファー様の胸から首へと飛び上がり、あろうことか②聡明で知的な右額に止まり土足のまま歩き回り、③悪びれずにスクリーン左へと飛び去ったのだ。
彼女はこの不埒な行為を意にも介さなかった。手で振り払うこともせず瞬きもしなかった。完全無視で対抗したのだ。
しかしラッシュ試写やラッシュ・チェックでなぜ編集されなかったのか。
1.ジェニファーがこれ以上の演技はできないのでこのままを使ってと主張した?
2.監督、スタッフも無礼者のハエに気付かなかった?
3.実は出演予定のハエで予定通りの演技だった?
4.有力なハリウッド関係者の飼っているハエのため、ジェニファーも監督も文句が言えなかった?
あなたはこの謎をどう判断しますか?